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映画のまち調布市で「日活100周年」 [昭和-平成、往ったり来たり]

P1030925b-3.jpg  昭和-平成 往ったり来たり

        映画のまち調布市で「日活100周年」

           京王線記念乗車券発売と日活100周年企画展(企画展は10/21まで)

P1200717.JPG

このところ、東京・多摩地域の調布市が弾んでいる。

西が太秦なら、東は調布。

そう。東日本の代表的映画産業「日活」が創業100周年を迎えたからだ。


■日本最古の映画会社「日活」のあゆみ

「日活」つまり「日本活動写真株式会社」の創業は1912(大正元)年。

今回初めて知ったことなのだが、

その撮影所は、調布市多摩川の現在「角川大映撮影所」のある場所で、

戦前は「日活多摩川撮影所」と呼ばれていたのだそうだ。

では、「日活」と「大映」の接点は?


P1200684-2.JPG●角川大映撮影所 10/5撮影
                 P1200658.JPG        

「大映」つまり「大日本映画製作株式会社」は、
日活の製作部門、大都映画、新興キネマの合併により、
戦時中(1942S17)に創設された。

同社の撮影所は京都に2か所あり、調布の「日活多摩川撮影所」は「大映東京第二撮影所」
と呼ばれるようになり、戦後、「大映東京撮影所」となった。

その後1954年に、現在の調布市染地の「日活撮影所」が稼働開始。


調布市多摩川の「大映東京撮影所」は1950年代、
「日活」「松竹」「東宝」「東映」と並ぶいわゆる邦画5社として
日本映画の全盛期を華々しく飾ったのち、
紆余曲折を経て現在は「角川大映撮影所」となっている。

このくらいややこしい経緯が、この100年の間にあったのだ。


1958
年をピークに娯楽の王者として最盛期を迎えた日本の映画産業は、

その頃台頭したテレビに追われて、70年代には壊滅的な様相を呈した。

私が幸運だったのは、日本映画がいちばん充実していた時代に出会えたことだ。


P1200747.JPG
●京王線の「日活100周年記念切符」のたとうとサービス絵葉書

私と日活映画との出会いは1957年の石原裕次郎主演「嵐を呼ぶ男」からだ。

その前年、兄慎太郎(現東京都知事)原作「太陽の季節」でデビューした裕次郎は、
この作品で人気をゆるぎないものとし、日活青春映画路線の花形となった。


裕次郎と並行して人気があったのは小林旭の「渡り鳥シリーズ」。
諸国を渡り歩くやくざ稼業を現代に置き換えたシチュエーションは無国籍映画と呼ばれ、
のちの東映のやくざ路線や松竹の寅さんシリーズの先駆けと言えるかもしれない。

こうした男優陣に南田洋子、北原三枝、芦川いづみ、浅丘ルリ子といった新鮮な女優陣が
彩りを添えていた。

吉永小百合がデビューした頃は、洋画の大作に目が移り、日活映画とは縁遠くなっていた。
ハリウッドがテレビ対抗策としてブラウン管では見られない大型映画路線を打ち出し、
最後のあがきを演じているところだった。

P1200748.JPG●記念切符
P1200751.JPG

この夏の819日、地上駅から地下駅へと大きく転換したばかりの京王線調布駅では、
「日活100周年」に合わせて調布駅限定で記念切符3000セットを売り出した。

スターの似顔絵入りで4枚1000円分の切符が、日活100年の歩みを描いたたとうにとじ込まれ、ちょうど私が熱狂した日活全盛期を代表する青春映画3作品のポスター絵葉書が付いているのがうれしかった。

切符は10月末まで有効だが、この切符で乗車する人はいないだろう。


■点から面へ広げたい、映画による地域振興

日活100周年にちなんだ映画資料企画展が開催されているという新聞記事を見て、
「角川大映撮影所」に近い「調布市郷土博物館」を訪ねてみた。


P1200716.JPG●調布市郷土博物館

調布市は映画の街を標榜しており、博物館では大映、日活撮影所関連の撮影機材や編集機材、監督や出演者関係の資料、ポスター類などを所蔵しているのだが、
今回はそれらにプラスして、八王子在住の映画史研究家・畑三郎さん収集の珍しい資料が揃えられているということだった。

P1200731b.JPG●映画史研究家 畑三郎氏

P1200756b.JPG ●日本映画草創期の人気スター、目玉の松ちゃんこと尾上松之助の児雷也


目玉の松ちゃんの愛称で人気者だった尾上松之助、大河内伝次郎、片岡千恵蔵、
バンツマこと坂東妻三郎など日活草創期の男優・女優のブロマイド、映画ポスターやスチル、映画雑誌やシナリオ、プレスシート、そしてスターをあしらったメンコまで、
幼少からの映画好きが昂じて映画ジャーナリストの道を歩んでこられた畑さんならではの
貴重な収集物だった。


P1200722.JPG
P1200740.JPGP1200736.JPGP1200735.JPG
P1200733.JPGP1200743.JPG


うれしいことに館の担当者の方の気の利いた計らいで、
その二日後、畑三郎さんとお会いすることができた。
博物館から場所を移し、
調布駅近くの「たづくり」のレストランで4時間もお話を伺うことができた。

P1200755.JPG

畑さんが60年以上かけて集めた資料は、段ボール箱で250個、10万点にも上るという。
然るべき映画資料館への寄贈も考えたが、収蔵されたままになってしまう傾向が大。
それでは映画という文化は伝わらない。また、受け入れが決まった自治体があったのだが、
収蔵の心配りや展示手法、そして何よりも映画に対する情熱に問題があり、
結局断念せざるを得なかったという苦い経験も伺った。


現在、畑さんの考えは、この資料を地域振興に生かすこと。

自治体関係では、各地の博物館、図書館などでの収蔵や所蔵品、書籍等とタイアップした企画展示。あるいは文化センター等での特別展示。

地域活性化企画としては、生徒が減少して閉校した学校、シャッターを閉めたお店が多い商店街などのスペースを利用した長期展示、常設展示など。


このような企画は机上の空論ではなく、実際に施設の年配者を動かして企画展示の運営に当たらせることで生涯学習や生きがいづくりにつなげたり、

今年2月には、大震災の被災地・宮古で「懐かしの映画資料展」を開催して喜ばれるなど、
具体的な実績を多く積まれた畑さんならではの具体性があり、
その展開アイディアの非凡さには舌を巻いた。

とにかく畑三郎さんとの時間は、同じ映画史を生涯学習のテーマにしている私にとって、至福の時間だったことは言うまでもない。

そしてもっとうれしいことに、
11月になったらお宅をお訪ねし、膨大な資料の片鱗を見せていただくことになった。


■「映画のまち・調布」を、より強固にするために

この日活100周年記念イベントは、今のところ京王線の記念切符と日活映画100周年資料展しか目につかない。つまり、<点>の展開に過ぎない。

現在の日活映画の拠点である同市染地の「日活撮影所」や、先に述べた「角川大映撮影所」などでは、日活100年に因縁の深い場所でありながら、大きな動きは見られない。

折角のチャンスなのだから、これを機に地域活動としてうまく連動させ、
<面>として拡大定着させることが大事、とは畑さんの弁。全く同感。

その意味で、私は調布市民ではないが、少し残念な気がする。


畑さんと別れて、私の頭の中は渦を巻いていた。

「映画のまち調布」のイメージを、より広く定着させること。

その裏付けとして、二つ揃っている映画撮影所。

更に、畑三郎さん収集の膨大な映画関係資料。

これだけの材料があるのだから、イメージだけではなく具現化できるはず。

P1200642-2.JPG P1200641-2.JPG
●調布駅地上部分解体工事
 ホームやレールが無くなり、新しい調布の核が生まれる。10/8撮影 


……と考えたら…あるではないか、最善の方策が!

現在、調布駅は地下化を終え、地上部分の整備が進められている。

新しい調布駅前が出現するのは2年後という。

地上の再開発がどう進められるのかは知らないが、何かの構造物が予定され、
それは新しい調布市の顔となるだろう。
それがイコール「映画のまち調布」のシンボルのはずだ。

そこは、日本映画に限らず最新の映画情報に立体的に接することができる場所。
例えば、スター、タレントと出会え、監督たちの話が聞け、過去の映画の上映も行われる。
そこに映画各社の機材や映画資料を集めた「映画総合資料館」ともいうべき常設展示スペースを設けるのだ。
 


これにより、調布の新名所としての「映画総合資料館」と、これまでの「調布市郷土博物館」「日活撮影所」「角川大映撮影所」による文字通り「映画のまち
調布」という<面>が出来上がる。更に、博物館そばにある「映画記念碑」を加え、年間にわたる連動企画を打ち出して人の動きを創りだしていけばいい。

とにかく、街を挙げて映画・映像のメッカとすることが必要なのだ。


これは突飛なアイディアだろうか。

とにかく、こんな文化的複合施設ができればうれしい限りだ。
(もし、すでにこのような企画が進められているとしたら、大いに期待したい)

P1200668-2.JPG●映画記念碑

★「調布市郷土博物館」での企画展示「日活100年と映画のまち調布」は10月21日まで。
   京王相模原線「京王多摩川」下車、徒歩5分。入場無料。
   ちょっと分かりにくいので、改札を出たら聞くといいでしょう。


★館内写真は畑三郎氏関連ブースのみ同氏の許可を得て撮影。


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さきしなのてるりん

マニアの人にはたまらない記事ですね。ポスター見るだけで、若い日へ記憶が飛んでいきます。
by さきしなのてるりん (2012-10-12 19:36) 

路渡カッパ

西の映画の街、太秦で生まれました。家の前は直ぐ大映京都撮影所の塀。
一晩中チカチカ光る撮影所のネオンサインを見ながら眠る・・・
毎日大勢の銀幕のスタアたちが家の前を通っていたそうですが、私はよく憶えていません。
何せ幼稚園まででしたから・・・(^_^ゞ
映画界が輝いていた時代の記録、後世にも残してもらいたいですね。
by 路渡カッパ (2012-10-12 23:09) 

sig

お茶屋さん
kurakichiさん
shin.sionさん
般若坊さん
           こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-13 16:57) 

lamer

「嵐を呼ぶ男」からでしたか・・・
私は裕次郎の出た映画は「太陽の季節」から「狂った果実」で多分主演
だったと・・・懐かしいですね。
映画が娯楽の全盛の時代でしたね。
by lamer (2012-10-13 17:08) 

sig

さきしなのてるりんさん、こんにちは。
こういった資料は文化的価値が分からないと軽く扱われるきらいがあり、展示の機会や場所を得ることが難しそうです。
by sig (2012-10-13 17:25) 

sig

tochiさん
八犬伝さん
oomoriさん
ChinchikoPapaさん
nikiさん
           こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-13 17:27) 

OMOOMO

わあ、懐かしい、田舎で裕次郎、や、「渡り鳥シリーズ」は全部見ました。
切符・・・いいですね、粋な企画ですね。欲しいです。
by OMOOMO (2012-10-13 17:27) 

sig

路渡カッパさん、こんにちは。
カッパさんは太秦の産でしたか。道理で深い洞察力と味わい深いブログ記事だと思いました。その頃小学生か中学生だったら、きっとすごい思い出話が聞けたところですね。映画村に行ってみたいと思いながら、まだです。
by sig (2012-10-13 17:31) 

sig

ryo1216さん
ハマコウさん
セイミーさん
めぇさん
           こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-13 17:32) 

sig

lamerさん、こんばんは。
「太陽の季節」「狂った果実」は高校生で、禁止はされていなかったと思いますが不良映画というイメージで、見ませんでした。裕次郎自体は好みではなく、「嵐を呼ぶ男」は映画として楽しみました。最近ハイビジョンで放送されたばかりで、ブルーレイにしました。
by sig (2012-10-13 17:39) 

sig

OMOOMOさん、こんばんは。
わー、同世代ですか。渡り鳥シリーズは何本も続きましたね。その割に、観たのは「渡り鳥北へ帰る」だけなんですよ。ずっと観なくて、シリーズが終わりそうになってようやく観に行ったということですね。笑
切符は正味1000円分ですから、ハガキなどはサービスということです。まだ残っているのかな。
by sig (2012-10-13 17:48) 

yakko

こんばんは。
友人が小林旭のフアンで「渡り鳥シリーズ」はよく見ました〜(..;)
by yakko (2012-10-13 18:47) 

くまら

私が物心着いた時は、もうテレビが全盛
それでも、幼少の頃はお袋に
小学校のに上がると友人たちと映画観に行くようになりました
若い頃は、パンフレットやポスターも買ってましたが
最近は、存在すら知らないのは
シネコンだからなのかなぁ??
by くまら (2012-10-13 20:17) 

sig

masao。さん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-13 20:39) 

sig

yakkoさん、こんばんは。
渡り鳥シリーズは最近WOWOWでやるので,今頃になってみたりしています。当時の昭和の雰囲気がとても懐かしいですね。
by sig (2012-10-13 20:40) 

sig

NO14Ruggermanさん
今造Rowingteamさん
こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-13 20:42) 

sig

くまらさん、こんばんは。
映画館がみんなシネコンになって、映画ならではのビッグスケールを味わえないのはさびしいですね。大スクリーンが大好きなので、時々アイマックスの劇場に出かけます。
by sig (2012-10-13 20:45) 

アヨアン・イゴカー

調布には妻の知り合いの若手監督が住んでいます。1995年から一年調布の事務所に勤務していましたが、知りませんでした。随分映画に縁のある町だったのですね。私の通った小学校、中学校のある砧には東宝の撮影所(円谷プロ)がありました。
by アヨアン・イゴカー (2012-10-13 21:39) 

sig

アヨアン・イゴカーさん、こんばんは。
調布の昭和30-40年代は「東洋のハリウッド」と呼ばれるほど盛況でした。砧の東宝も入れてのことだと思います。その他、大蔵映画とか撮影所がいろいろあったようですよ。
by sig (2012-10-13 21:53) 

響

往年の映画のポスターを見て回るだけでも楽しそうです。
ガメラ発見!

by (2012-10-14 05:19) 

sig

月夜のうずのしゅげさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-14 11:33) 

sig

響さん、こんにちは。
私が少年時代に見たのは大映の「昭和ガメラ」。響さんが知っているのは東宝の「平成ガメラ」なのだそうです。よく分かりませんが。ガメラ、次回登場、と行きましょうか。笑
by sig (2012-10-14 11:42) 

sig

yayu-changさん、はじめまして、こんにちは。
ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-14 11:43) 

sig

ぼんぼちぼちぼちさん
flutistさん
     こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-14 11:44) 

ふぢたしょうこ

この頃の映画は活気がありましたよね。
娯楽の少なさもありましたが、人々が夢にまい進してたんだと思います。
by ふぢたしょうこ (2012-10-14 22:19) 

Silvermac

映画が最高の娯楽だった頃が懐かしいですね。
by Silvermac (2012-10-14 22:23) 

sig

yutakamiさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-15 11:09) 

sig

コンセルジュさん、はじめまして。こんにちは。
ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-15 11:10) 

sig

ふぢたしょうこさん、こんにちは。
なんてったって「夢の都ハリウッド」でしたからね。夢を売り物にできたアメリカ自体もずいぶんシリアスに変わってきましたね。
by sig (2012-10-15 11:13) 

sig

Silvermzcさん、こんにちは。
本当に、映画以外に娯楽はなかったという感じですね。映画界にとって一番幸せな時代でもあったんですね。
by sig (2012-10-15 11:14) 

sig

サチさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-15 11:15) 

sig

ダイとクロさん、はじまして。こんにちは。
ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-15 11:16) 

麻里圭子

こんばんは~懐かしい画像を拝見して~あの時代は、日本が輝いていた事を思い出しました(^^♪

先日 「ゴジラ対ヘドラ」の坂野義光監督のお誘いで恵比寿でトークショーを
致しましたが~楽しい6年ぶりの再会となりました(^^♪

ゴジラの特撮ファンの方って~沢山いらっしゃる事に~驚いてます(*^_^*)そして感謝(^^♪

素敵な夜をお過ごしくださいませ~おやすみなさい§^。^§~☆
麻里圭子
by 麻里圭子 (2012-10-15 23:07) 

pace

お久しぶりです。
大船既に無く、調布多摩川を残すのみなのですね。
太秦もすぐ前の食堂は閉めてしまったようですし、寂しい。
おっしゃるように文化としての映画の痕跡・足跡を残すべきでしょうね。
私にとっての裕次郎は「陽のあたる坂道」からでしょうか、いわゆる日活文芸路線が最初だった。
by pace (2012-10-16 11:31) 

sig

mwainfoさん
hi-ragiさん
キクさん
          こんばんは。ご来館ありがとうございます。

by sig (2012-10-16 21:02) 

sig

麻里圭子さん、こんばんは。
先日のトークショーは盛大だったようですね。
ハリウッドで再びゴジラ復活とか。麻里さんのゴジラは普遍ですね。
by sig (2012-10-16 21:05) 

sig

gillmanさん
マチャさん
           こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-16 21:06) 

sig

paceさん、こんばんは。
今度は陸路のトルコ。期待しております。
調布の大映前にも食堂があり、たまにスターを見受けましたが、大映倒産とともに消滅したようです。
映画はやはり特殊な産業と言うところがありますね。
by sig (2012-10-16 21:12) 

sig

とらさん
BlackTigerさん
           こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-16 21:13) 

sig

といくさん、はじめまして。こんばんは。
ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-16 23:28) 

sig

きゅーさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-17 21:44) 

sig

sanaさん、こんにちは、ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-18 10:02) 

sig

ともちんさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-19 13:11) 

sig

okin-02さん
kakasisannpoさん
m6324さん
          こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-22 00:31) 

うさ

映画の街・調布!
いい響きですね♪ 映画の街・夕張市は私が生まれた街です(関係ありませんがっっっ)。

撮影所が調布にあったとは、知りませんでした。昔の資料なども、雰囲気がすごく懐かしい色合いで魅力的ですね。畑三郎さんにお会いできたsigさんは、やっぱりそういう運命の人だったと思います(←こんな書き方だと意味不明でしょうか。。。)
by うさ (2012-10-25 00:07) 

sig

FFMLさん、こんばんは。はじめまして。
ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-25 21:17) 

sig

駅員3さん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-10-25 21:18) 

sig

うささん、こんばんは。
夕張市でしたか。懐かしい故郷。楽しい思い出がいっぱいでしょうね。
帰りたくなくなったりして。笑
調布は「東洋のハリウッド」と呼ばれていた時代があったんですよ。私は多摩川を挟んだ反対側に住んでいますから、玄関から20分足らずの調布は大好きな街なんです。
by sig (2012-10-25 21:24) 

sig

yhiga-shiuraさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2012-11-01 14:13) 

sig

e-g-gさん、こんばんは。ご来館ありがとうございました。
by sig (2012-12-20 17:03) 

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