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ディズニー再発見-6 上昇気流は止めどなく [ディズニー長編アニメ再発見]

P1030925b-100.JPG   ディズニーアニメ再発見-6
     上昇気流は、止めどなく
       第2期/展開期 その1 1950~1954      


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●「シンデレラ」(1950)


前回からの続きです。

なお「ディズニー長編アニメ再発見-1~4」は下記をクリックしてください。  
http://fcm.blog.so-net.ne.jp/archive/c45409934-1
 


●戦後不況は多角化で乗り切れ!

 第二次世界大戦が終結すると、ウォルト・ディズニーも会社の立て直しを図らなければなりませんでした。戦争直前に製作した「ファンタジア」と「ピノキオ」が受けた融資は莫大で、銀行からは返済せよと矢の催促。その上、ヨーロッパでの利益は凍結されてしまったため、かなり苦しい状態にあったようです。

 ウォルトは次のプランとして「ピーターパン」「不思議の国のアリス」「シンデレラ」を構想していたのですが、とても長編に取り組める状態ではありません。

 その隙間を埋めるために進められたプロジェクトが、音楽に合わせた短編アニメを数本つないだ「メイク・マイン・ミューシック」(1946)と「メロディ・タイム」(1948)。おなじみの「こぐま物語」と「ミッキーと豆の木」をつないだ「ファン&ファンシー・フリー」(1947)。そして日本には馴染み薄の「イカボードとトード氏」(1949)といったオムニバス形式の<長編アニメ>だった訳です。


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●「こぐま物語」は「ファン
&ファンシー・フリー」(1947)の中の1

 

 一方ウォルトは、劇映画の中にアニメを挿入することを考えました。部分的に実際の人物とアニメのキャラクターを合成すれば100%アニメよりも製作費が安い。それはウォルトがアニメーションに取り組み始めた頃の作品「アリスコメディシリーズ(アリスの不思議の国シリーズ)(19221927)ですでに実証済みでした。

 この手法で最初に作られた作品が、アメリカの子供たちなら誰でも知っているリーマスおじさんの物語をベースにした「南部の唄」(1946)でした。ご存知の「メリー・ポピンズ」(1964)もこの路線上でミュージカルとして製作され、大ヒットを納めたものです。


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●実写とアニメを合成した「南部の唄」
(1946)

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            ●スターとアニメの共演「メリー・ポピンズ」
(1964)

 

 ウォルトは更に1947年からはドキュメンタリー映画の製作に取り掛かりました。最初の作品は「あざらしの島」(1948)ですが、この作品はその年のアカデミー短編賞受賞の快挙を成し遂げ、ドキュメンタリー路線も自信を持って進めることができるようになりました。この受賞は、このころすでにディズニー映画の評価が固まっていた証と見ることができるでしょう。


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●ドキュメンタリー映画「あざらしの島」(1948)

 勢いに乗ったウォルトは、更に本格的な劇映画の製作にも乗り出します。最初の作品はスチーブンス原作の「宝島」
(1949)でしたが、実はこの作品はイギリスで凍結された数100万ドルの利益をイギリス国内で使い切るために発想されたものでした。ところがこれも大当たり。

 このように多角的に進められた映画の利益の多くは、例のさみだれ式製作体制で製作中の「シンデレラ」「不思議の国のアリス」「ピーターパン」に注がれました。そして「ディズニー映画」といえばアニメーション、ドキュメンタリー、劇映画という認識が確立されていきます。


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●劇映画「宝島」
(1949)

 

●「夢の国」の実現に着手

 このような多角化の努力の中で、ウォルトは早速、長編アニメの製作を1年ごとにずれ込ませて同時進行させるさみだれ式製作体制に戻しました。こうして「シンデレラ」の1年後に「不思議の国のアリス」(1951)が、その2年後に「ピーターパン」(1953)が公開されます。

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●「不思議の国のアリス」
(1951)
  
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                  ●「ピーター・パン」(1953)

 

 ウォルトが想像を逞しくして夢に描いた「ディズニーランド」の構想もこのあたりからです。ウォルトは作品が次々と作られていく中で、<自分が生み出した成果をまとめたら、本物のおとぎの国が出来上がるのではないか>と思うようになりました。
 本物とは、アニメの二次元世界(2D)を現実のものにして、キャラクターたちが生きて動き回る三次元世界で楽しんでもらおうという発想です。
1952年12月。ウォルトはこの夢の実現に向けて新会社を発足させます。

●ライバルのテレビの上手をいく

 ちょうどその頃、映画史上の一大転換期が訪れます。1953年、20世紀フォックスの「聖衣」を皮切りに、映画がワイドスクリーンの時代に変わったのです。それはテレビというニューメディアの台頭に対する映画界の対抗策として生み出されたものでした。ウォルトは映画製作路線を最大限に拡大した上にテーマパークの準備を進めながら、この転換期を乗り切らなければなりませんでした。

 <テレビの時代になったからといって臆することはない。テレビこそはわが社のターゲットであるファミリー層に直接アピールできる絶好のメディアだ。それをPRに利用しない手はない>。
 ウォルトは
1954年、「ディズニーランド」という番組でテレビへ進出。それまでに作られた短編アニメ、ドキュメンタリーなどのシーンを抜き出して再編集したもので番組をつくり、ディズニーの作品やキャラクターを隅々にまで浸透させることに成功しました。

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●テレビ番組「ディズニーランド」開始(1954)

 けれども本当の目的は他にありました。ウォルトが進めているカリフォルニアの「ディズニーランド」。そのオープニングに向けての事前PR。それがねらいだったのです。テレビでは建設中の「ディズニーランド」の様子が逐一伝えられ、みんなの期待感を盛り上げました。そして1955年7月17日、「ディズニーランド」オープン。番組でその実況を伝えたアナウンサーが後のレーガン大統領だったという話はつとに有名です。というあたり、ウォルトには先見の明があったということでしょうか。

  ところで発足したばかりのテレビは、人気急上昇のディズニーの長編アニメを放送したがりました。これからはテレビの時代だと言わんばかりの姿勢です。けれどもウォルトはそれを断固として断りました。それまでに苦労して生み出したキャラクターや作品群は、これから未来永劫会社に富をもたらす金の卵だということを知っていたからです。このポリシーは固く守られて数十年、ディズニー長編アニメを私たちはテレビで見ることはできなかったのでした。

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                    ●ディズニーランド オープン(1955)

●時代に乗るということ

 このように1950年代はウォルト・ディズニーがいちばん活力に溢れていた時代であり、長編アニメ、劇映画、ドキュメンタリーという3本の柱が確立され、磐石の経営基盤が築き上げられた時代であったのです。

 この時代、ウォルトは多角化経営で大成功を収めました。日本でも1990年代、バブル経済崩壊に始まる低迷期の起死回生策として多角化が叫ばれました。結果、多くの企業が本業以外の事業に手を出して失敗しました。ディズニーの場合は本業以外ではなく、あくまでも映画を軸にした事業展開であること。そして時代が上昇期にあったこと。それが本質的に違うところだと思います。

      次回「2期-2 ワイドスクリーン以降」へ続きます。

■第2期 展開期の作品群
●1950    「シンデレラ」     (日本初公開1953) 
 1951       「不思議の国のアリス」  (日本初公開1953)
 
 1953       「ピーター・パン」     (日本初公開1955)
 
 以降、ワイドスクリーンの時代になりますが、それは次回に。
 
 1955       「わんわん物語」     (日本初公開1956)
 
 1959(S34)  「眠れる森の美女」     (日本初公開1960)
 
 1961       「101匹わんちゃん大行進」(日本初公開1962)
 
 1963       「王様の剣」
 
 1967       「ジャングル・ブック」
          (ウォルト・ディズニーが関わった
最後の作品)


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コメント 32

アヨアン・イゴカー

この記事で、ウォルト・ディズニーがどれだけ先見の明があったかが好く分かりました。経営者として、卓越した能力を持っていたのでしょうね。しかしながら、それよりもなによりも、彼の自分の夢に向けての情熱を感じます。
by アヨアン・イゴカー (2011-03-13 10:35) 

sig

kurakichiさん
今造ROWINGさん
Shin.Sionさん
花火師さん
           こんにちは。ご来館ありがとうございます。

by sig (2011-03-13 11:07) 

sig

アヨアン・イゴカーさん、こんにちは。
その通りですね。ウォルトは稀代の名プロデューサーだと思います。
当時の名アニメーターがウォルトについて語ったところによると、「彼は自分の夢を実現するためにディズニーランドを作ったんだ」そうです。
by sig (2011-03-13 11:12) 

sig

sanaさん
ともちんさん
           こんにちは。ご来館ありがとうございます。

by sig (2011-03-13 15:31) 

puripuri

お気遣いありがとうございます。 sigさんのとこは被害はありませんでしたか?
被災地の様子を見てると心が痛みます。何もかも奪ってしまった津波の恐ろしさ。
家族との涙の再会に、私も涙しています。

ディズニーの沢山の作品、このうちの幾つかは観ているので懐かしいです。
by puripuri (2011-03-13 20:35) 

sig

八犬伝さん
ぼんぼちぼちぼちさん
ChinchikoPapaさん
kiyoさん
     こんばんは。ここしばらくはお互いに十分気をつけましょう。
by sig (2011-03-13 22:09) 

sig

puripuriさん、こんばんは。
前代未聞の今回の大惨事には言葉がありませんね。なくなった方も数知れず、心が痛みます。ここしばらくはお互いに気を許せませんね。
by sig (2011-03-13 22:11) 

sig

rebeccaxさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2011-03-14 08:06) 

くまら

戦後間もない頃の映画が
今見ても楽しめると言う事が、すごいとつくづく思います。
by くまら (2011-03-14 09:49) 

sig

Norryさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2011-03-14 23:06) 

sig

くまらさん、こんばんは。
そうですね。お話の面白さの普遍性は分かりますが、当時のアニメ技術が決して陳腐化していないという水準の高さに驚かされますね。

by sig (2011-03-14 23:09) 

sig

月夜のうずのしゅげさん
あんれにさん
          こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2011-03-14 23:10) 

sig

hide-mさん、こんばんは。はじめまして。ご来館ありがとうございます。
by sig (2011-03-14 23:11) 

sig

めぇさん
こさぴーさん
みかっちさん
月夜さん
           こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2011-03-14 23:12) 

sig

しげさん
hayama55さん
          こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2011-03-15 07:56) 

sig

hi-ragiさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2011-03-15 13:25) 

ami

ディズニーの映画は、101匹わんちゃんだけを見たような記憶ですが、
田舎にすんでいたから、映画を見る機会がなく年を取ってしまいましたが、
故に、感性の希薄さは映画を見なかったことに影響したかもしれません。
by ami (2011-03-15 17:48) 

sig

amiさん、こんばんは。
映画は居ながらにしていろいろなことを教えてもらえますね。
amiさんの感性が希薄とは思われませんが、少なくとも私の感性は子供の時から、ディズニーに負うところが大きいと思っているのですよ。
by sig (2011-03-15 21:32) 

sig

PENGUINGさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2011-03-16 20:59) 

ねじまき鳥

ウォルト・ディズニー流石ですね。
by ねじまき鳥 (2011-03-17 02:15) 

sig

ねじまき鳥さん、はじめまして、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
ディズニー、お好きですか。現段階はディズニーの足跡を極めて大まかにたどっているところです。
by sig (2011-03-17 11:20) 

sig

ふぢたさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2011-03-17 11:35) 

響

この頃のディズニーの映画はかなり懐かしいですね。
アニメと実写ってコスト面でも有利とは
当時はそんなこと思いもせずに見ていました。

by (2011-03-17 20:17) 

sig

miyokoさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2011-03-17 22:56) 

sig

響さん、こんばんは。
ご幼少の頃、ご覧になったんですね。私もこのころの作品にはとても愛着があるのですが、作品自体、今見てもとても面白いですね。
「不思議の国のアリス」は公開当時あまり受けなかったそうですが、原作の世界をとても巧妙に描いていて楽しめますね。
合成の方がコスト面で有利とは、表現の仕方によりけりでしょうね。
by sig (2011-03-17 23:01) 

うさ

子どもの頃、両親はとてもディズニーを高く評価しており、私にもいろいろ見せていました。その中にはドキュメンタリーも含まれていたように思いますし、実写の映画もあったと思います。が、やっぱり子どもの時は、実写よりアニメの方が好きだったんですよね〜。
by うさ (2011-03-19 01:30) 

sig

うささん、こんにちは。
ディズニーが初期の頃からドキュメンタリーや劇映画を作っていたことを知らない人たちもありそうなんですよ。
うささんが初めて見たディズニーアニメは「くまのプーさん」あたりでしょうか。ディズニー映画では楽しみながら、いろいろなお勉強が出来たという気がします。
by sig (2011-03-19 11:41) 

sig

路渡カッパさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2011-03-19 23:50) 

sig

momoさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2011-03-20 10:08) 

sig

あら!みてたのねさん
aZUさん
           こんばんは。ご来館ありがとうございます。

by sig (2011-03-23 20:44) 

urara☆

な~るほど!です♪
遡っているので、コメントがちぐはぐになりますが‥‥
 私がテレビで見ていたのは、タブン、日本に入って来てからの後々の、
テレビ再放送番組あたりだったようだと、ガッテンしました(^。^)y

sigさんが、年代や時代背景から、キチンと整理してくださっていて、
もの凄く解り易いです!
by urara☆ (2011-03-24 16:59) 

sig

urara☆さん、こんばんは。
私もコメントを遡ってきました。笑
テレビ番組についてはその通りだと思います。おっしゃるとおり、このカテゴリーの目的は、ディズニー長編アニメの流れを整理してご覧頂くためです。
分かりやすいとのこと。うれしいです。
by sig (2011-03-28 21:08) 

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